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だいじょうぶ?

確か森まゆみのエッセイの中で、

ホテル内ジムのマッサージに行く場面があって

『「お客さん、こんなに凝ってて頭痛くなりませんか?」なんて心配されていい気持ち。』

というようなくだりがあった。

わたしも始めの頃は、こんな風に日本的に心配していたら、ある日友達に

「やめて。そんなふうに言われるとよけい具合が悪くなる気がする」

といわれたことがあります。



地中海文化(イタリアとかギリシャ)なんかは比較的アジア文化に近いので、

「みんなでお互い面倒見合いましょう」という下地がありますが

日本でいう欧米文化圏(イギリス本国+旧植民地圏?)では

個人は徹底的に個人。

健康管理も他人任せにするのは個人主義に反するのか、

病気の姿を人にさらすというのは、どうも恥ずかしい行為のようです。

というわけで、具合が悪そうなのを心配する=自己管理の欠陥を指摘する行為。(?)



そういった風潮からか、もともと無理して職場や学校に出てくる傾向はありません。

病気や怪我をしても、自分で職場・社会復帰できると判断するまでは

自宅で療養するのが普通です。



そういえば、職場復帰してきた同僚や、退院して来た患者などにはみんな

「げんきそうになったね」とか、「顔色よくなったね」というふうに声をかけています。

もともと本人が大丈夫だと判断して出てきているわけですから、

(患者の場合は、ちょっと違うけど)

あんまり「大丈夫? 大丈夫?」と心配すると、本人の自信をくじくことになるようです。



患者の場合も、ちょっと言い方に気をつけます。

具合が悪くて来ているんだから、きちんと病状については説明が必要しますが、

なるべく本人の持っているいいところを引き出して

「こんなにいいところもあるんだからね」とか

「治療や体質改善はいつ始めても遅すぎないんだからね」とか

なるべく励ますように心がけます。



それから、これは万国共通かも知れませんが、どうして怪我・病気になってしまったのか

理由を説明すると、「自分のせいじゃなかったんだ」という自責の念から開放されます。



よく「病が突然襲う」といいますが、交通事故じゃないんだから

そんなくじ引きみたいな理由で病気にはなりません。いつも必ず理由があります。

特に若い人の慢性疾患では、罹患前に必ずといっていいほど

大きなストレスを経験しています。

他人には小さく見える事柄でも見つけ出して「これがきっと原因」と指摘してあげると、

目的意識がはっきりして治療もすすむようです。

(うーん、いつもうまくいくわけではないけど...。)



むつかしいのはドクター・ショッパーと呼ばれる患者で、

自分の納得のいく診断を得るまで医者や施術者を渡り歩く人たちです。

周囲から見ると原因は明らかなのに、本人にはどの診断にも満足できないのが特徴で、

診断を受け入れることができないので、治療にも専念することなく

どこへ行っても何をしても治らないことが続きます。



こういうと本人の過失に聞こえますが、病気心理学では

自己アイデンテティーの一部として病気が必要な人もいるとされ、

周囲の感心を得たり、責任から逃れるのに必要だった

りと様々な理由に起因していて、

本人の意思ではないところが治療をよりむつかしくします。







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by aquinoaqui | 2010-08-05 19:28 | 文化/異文化